暗黒物質(dark matter)とは
暗黒物質とは光を発せず、質量を持つと考えられている未知の物質のことです。1933年にF. Zwickyが宇宙観測で見つけた未知の重力源についてdark matterと呼び始めました。その後の多くの宇宙観測事実により暗黒物質の存在は確かなものとなっています。
近年のPlank衛星の宇宙マイクロ波背景放射の観測結果からは図1に示す様に身の回りの物を構成する通常物質は宇宙全体の5%しか占めず、残りの95%は未知のもので構成されていると考えられています。その内、暗黒物質は26%を占めると考えられています。
暗黒物質はビックバン直後から存在し、現在に至るまでの宇宙の構造形成に大きな役割を果たしてきたと考えられています。つまり、暗黒物質の正体を明らかにすることで、宇宙初期からどのようにして現在の姿に成長したかについて知るための大きな手掛かりの1つとなります。
NEWSdm(Nuclear Emulsions for WIMP Search -directional measurement)実験
NEWSdm実験は超微粒子原子核乾板NITを用いた方向感度を持った暗黒物質直接探索実験です。現在、図2に示す5ヵ国15研究機関が参加する国際共同プロジェクトです。世界の著名な暗黒物質直接探索実験のプロジェクトが集まるイタリアのグランサッソ国立研究所 (LNGS )においてテスト実験すすめています。この実験ではF研究室に置いて独自に開発を行った超微粒子原子核乾板NITを用いて暗黒物質由来の信号を捉えることを目指します。
方向感度を持った暗黒物質直接探索実験
暗黒物質は電荷を持たず、光を発しない為に通常の検出器ではその信号を捉えることが出来ません。そこで、暗黒物質探索では暗黒物質自体を検出するのではなく、暗黒物質が観測可能な通常物質と関係する反応を探して、通常の物質による反応を捉えるのが一般的な戦略です。そんな暗黒物質の探索手法の中で、暗黒物質と衝突して弾き飛ばされた原子核等の通常物質の信号を捉えるもののことを「直接探索実験」と呼びます。
検出した信号が暗黒物質によって生み出された信号であるか確かめる方法として
- 信号の季節変動を捉える(地球の公転による暗黒物質到来量の季節変動を捉える。)
- 信号の方向を捉える (太陽系の銀河系内での公転方向から暗黒物質の到来方向を捉える)
があります。この内、信号の方向情報から暗黒物質の証拠を掴む手法のことを”方向感度を持った“直接探索実験と呼びます。NEWSdm実験ではこの方向感度を持った暗黒物質探索実験によって暗黒物質由来の信号を捉えることを目指しています。
検出器 超微粒子原子核乾板 NIT : Nano Imaging Tracker
方向感度を持った暗黒物質探索実験に置いて一番の肝となるのは、暗黒物質によって弾き飛ばされた原子核による飛跡の角度を読み出すことです。暗黒物質によって弾き飛ばされた原子核はほとんどエネルギーを得ず、固体中で数100nm程度の長さの飛跡を生成します。一方で、従来はこの短い飛跡を記録可能な固体飛跡検出器というのは存在しませんでした。そこで、暗黒物質による反跳原子核飛跡を記録可能にすべくF研究室において乳剤製造装置を2010年に導入し、独自に開発を行った新しいタイプの検出器が超微粒子原子核乾板 NIT : Nano Imaging Trackerです。NITでは、センサーの役割を担うAgBr結晶について
- 結晶粒径の微粒子化
- AgBr結晶の高密度化
を実現することで数100 nmの飛跡の記録を可能とし、世界最高レベルの空間分解能を持つ固体飛跡検出器が誕生しました。なお、原子核乾板での飛跡の検出原理についての説明はF研究室HPの別ページに説明がありますのでこちらをご覧ください。
NITによって数100nmの飛跡が記録可能となったことによって固体飛跡検出器による方向感度を持った暗黒物質探索実験実現への道が開かれました。暗黒物質探索実験でのNITを用いる利点は、
- 検出器質量を稼ぎやすい。(標的とする原子核数を増やしやすい)
- 記録された飛跡が読み取りでの劣化を受けることなく半永久的に保存可能
等が挙げられます。
解析手法
NITの検出器の特性上、記録された飛跡情報を読み出すというプロセスを経て初めて解析が可能となります。また、少なくともNIT 10 kgを用いて暗黒物質探索することで初めて世界の最前線の結果を出すことが可能となります。そこで、短時間で飛跡情報を読み出せるような解析手法が必要となってきます。そこで、私たちは光学顕微鏡観察によって短時間で飛跡の光学像を取得し解析を行っています。一方で、光学顕微鏡による観察では光学分解能による制限で200 nm程度以下の構造を観察できません。そこで、光学像に含まれる情報を駆使し、光学分解能以下の情報を引き出すための解析手法を開発しています。
楕円形状解析
光学像の形状に注目することで、飛跡と現像時に生じるfogと呼ばれる球形のノイズを分離するとともに、飛跡の方向情報を取得する手法です。(図7, 8 )
局在表面プラズモン共鳴 (LSPR)による超解像解析
光学分解能以下の構造を持つ飛跡の情報を取得するために、光の波長以下の大きさを持つ金属ナノ粒子特有の局在表面プラズモン共鳴(LSPR)と呼ばれる現象を利用します。LSPRとは金属ナノ粒子の形状や大きさに特徴づけられる特定の波長に対して共鳴的に応答し、振動方向の揃った光(偏光)を返す現象です。例えば、この現象に伴い金属ナノ粒子の大きさに応じて観察時の色が変わって観測されたり、現像銀の一部だけを順に光らせて通常の観察では得られない微細な部分の構造を取り出すといったことが可能となります。
自動飛跡読み取り装置 : PTS : Post Track Selector
NITを用いた暗黒物質探索には少なくとも年間 10kgのNIT中に記録された暗黒物質による数100 nmの飛跡情報を取得する必要があります。そこで、NIT中に記録される数100 nm程度の飛跡の高速読み出しを可能にすべく開発をすすめているのが次世代型自動飛跡読み取り装置PTS : Post Track Selectorです。一般的には一定の空間分解能を犠牲に解析速度の高速化が行われますが、本来はトレードオフの関係にある高分解能化と高速化という2つの要素を併せ持つ新しいタイプの解析装置を目指して開発を進めています。PTSでは数100 nmの飛跡が持つ情報を全自動で取得可能読み出す為に、
- 高分解能・高倍率な対物レンズ
- 落射光学系
- 数100 nmの飛跡読み出しに特化した自動飛跡読み出しアルゴリズム(楕円形状解析)
を備えています。これまでの研究開発で年間 50 gのNITを読み出し可能な解析速度まで到達しました。今後の開発で更なる解析速度向上を行い、最初の目標である年間10kgのNITを解析可能な体制を構築します。現在、F研究室ではPTS2、PTS3の2台が稼働しています。(図11, 12)更に、共同研究を行っている東邦大学においても新しくPTS4の立ち上げを行っています。
より詳しく知りたい方へ
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