リフレッシュ技術
原子核乾板はOPERA実験の核となる飛跡検出器です。これまでに原子核乾板はここ名古屋大学において飛躍的な技術改良がなされてきましたが、OPERA実験においては更なる技術的な飛躍が不可欠でした。それが「リフレッシュ」と呼ばれる性能です。 「リフレッシュ」 とは通常の写真フィルムに例えるならば、一度露光してしまった未現像フィルムをもう一度撮影可能の状態に戻すことに相当します。
リフレッシュ技術の開発の経緯
過去の原子核乾板を用いた実験では、原子核乾板は研究者の手によって実験の直前に乳剤塗布がなされてきました。しかしOPERA実験で使用する15万平米、 1200万枚もの原子核乾板を用意するためには機械塗布による工業的な乾板の生産が必要不可欠です。ところがこのような生産方法では乳剤塗布の開始から出荷までに数ヶ月を要し、邪魔な宇宙線飛跡が大量に写り込んでしまいます。
したがって「実験と無関係な飛跡を消すことができる」という全く新しい性能を持つ原子核乾板が必要になりました。この要求を満たす原子核乾板の開発を、名古屋大学と富士写真フイ ルム社(株)と共同で行いました。
リフレッシュの原理と性能
写真フィルムは撮影してから現像するまでに時間を経ると、映像が消えていく性質(潜像退行性)があります。潜像退行性は高温高湿なほど著しいことがわかっています。我々はこの性質を逆手に取り、乾板を高温高湿度環境下に置くことで潜像退行を積極的に起こさせ、飛跡を消去(リフレッシュ)する方法を考案しました。一度記録した映像を消す技術開発は写真フィルムの歴史で初めてのことでした。
世界初、リフレッシュ機能を持つOPERAフィルムの完成
2001年までの試験で、我々はOPERA実験で要求される性能を完璧に満たすフィルムの開発に成功しました。このフィルムは温度30度、相対湿度 98%の環境下に3日間置くことでそれまでに蓄積した飛跡の98%以上を消去できます。それでいて飛跡の検出効率は約99%と高感度を維持しています。
after:リフレッシュ処理をすることで、実験の妨げとなる余分な飛跡を除去する。
中央の3枚が未現像、下の1枚が現像後。
乾板は上のような袋にパックされて遮光し、湿度の出入りをさせずに出荷される。
東濃鉱山地下リフレッシュファシリティの建設
我々はこのリフレッシュ処理をOPERA実験で使用する1200万枚の大量のフィルムに対して行うため、岐阜県土岐市の核燃料サイクル開発機構、東濃鉱山の地下トンネル内にリフレッシュファシリティを建設しました。ここでの宇宙線の量は地上の数百分の1と十分小さい値となっています。我々は常時8人体制で、1日あたり4万枚のペースでリフレッシュ処理を行いました。リフレッシュされたフィルムは、イタリアのグランサッソ地下研究所に送られ、OPERA検出器に組み込まれます。
リフレッシュ処理
リフレッシュ処理は以下のような工程で行われます。 作業の大半は手作業で行われます。
- 原子核乾板 を袋から出し、専用の枠に展開
- リフレッシュチェンバー内に装填
- 温度30度、湿度98%の環境に3日間以上保管
- 湿度40%まで乾燥させる
- 回収し真空パック
右:原子核乾板の搬入
リフレッシュチェンバーの開発、製作
リフレッシュチェンバーはリフレッシュの大量処理を目的とした装置です。高さは2mほど、幅、奥行きは80cmほどで、中に約八千枚のフィルムを収容できます。内部に加湿空気と乾燥空気を切り替えて供給する仕組みを備えており、内部にリフレッシュに適した環境を作り出すことができます。我々の用途に合う装置が市販されていなかったので、我々自身の手で開発し、製作しました。製作したリフレッシュチェンバーの台数はのべ30台にのぼりました。