原子核乾板の空間分解能を利用した中性子の検出器を開発しています。基礎物理から応用まで幅広く利用されることが期待されています。
中性子は、私たちの身の回りの様々なものを作っている原子の核を、陽子と一緒に作っている物質で、3つのクォーク(uクォーク1個とdクォーク2個)からできています(図1)。
中性子は電気をおびておらず中性なので、そのままでは原子核乾板に写りません。そこで、中性子が原子核乾板中で起こす現象の結果として生じる、電気をおびたイオンを利用して検出します。
そのようなイオンを発生させる際に利用できる方法は、乾板中に飛び込んでくる中性子の速度(またはエネルギー)によって異なります。自然界または人工の中性子には、図2のように、さまざまな速度(またはエネルギー、温度)を持つものが存在しています。
中性子を検出する際にイオンを発生させる方法は、熱中性子以下の速度の中性子では、中性子を吸収しやすい原子核であるホウ素やリチウム(の同位体、ホウ素10やリチウム6)に吸収させ、それによって生じるイオンを利用します。この方法を利用した検出器が、後で説明する低速中性子検出器です。中性子の速度が上がるにつれて、原子核による吸収は起こりにくくなる代わりに、高速中性子程度の速度になると、水素原子核を十分大きく跳ね飛ばすことができるようになり、それが観測できるようになります。この現象を利用した検出器が、二つ目に説明する高速中性子検出器です。
超高分解能低速中性子検出器
原子核乾板の材料である原子核乳剤と、中性子を吸収しやすいホウ素10やリチウム6などの原子核を含む材料を組み合わせることで高い空間分解能で低速中性子の到来した位置を検出できる検出器をつくることができます。ここでは開発した検出器のうち、最も分解能の高いもので、最近、京都大学、九州大学、高エネルギー加速器研究機構の仲間たちと共同で開発に成功したものを紹介します。
開発した検出器は、宇宙の未知の質量の正体と考えられているダークマター粒子が原子核に衝突した際に、原子核が跳ね飛ばされる現象をとらえるためにF研究室で特別に開発した、ハロゲン化銀結晶の直径が約40ナノメートルの超微粒子原子核乳剤と、ホウ素10を含む炭化ホウ素の薄膜を組み合わせたものです。
図3のように、厚さ0.4ミリのシリコン板の上に、厚さ50ナノメートルの炭化ホウ素膜を形成し、その上に補助的なニッケル膜と炭素膜を形成し、その上に厚さ10マイクロメートル(ミクロン)の超微粒子原子核乳剤の層を形成したものです。これらの薄膜は京都大学複合原子力科学研究所で製膜していただいたものです。
中性子が検出器に飛び込んでくると、薄膜中のホウ素10が中性子を吸収し、ヘリウム4やリチウム7のイオンに変換して、それらのイオンが超微粒子原子核乳剤中に痕跡を残します(図3)。その後、写真フィルムと同じようにこの検出器を現像することで、痕跡が光学顕微鏡で可能できる飛跡(ひせき)になります(図4)。得られた飛跡をその付け根までさかのぼることで中性子が吸収された場所精度良く導出することができます。
大強度陽子加速器施設J-PARCの物質・生命科学実験施設において実際に中性子を照射し、得られた飛跡を解析したところ、中性子の到達位置を100ナノメートル未満、飛跡の角度によって、最高で11ナノメートルの分解能で決定できることを確認しました。これは、現在利用されている検出器の分解能よりも2桁程度高分解能であるという突出した結果です。
この検出器を利用して、中性子が他の物質と同じく持っている波としての振る舞いが作り出す模様を調べることで、この世界の成り立ちの解明や、様々な物質の内部構造の透視などに利用できます。中性子がいろいろな場面で作り出す波紋は、その中性子の周辺の物質の性質、空間の性質、中性子自体の性質を反映します。高い空間分解能を持った中性子検出器はそれを利用した分析を可能にします。
(論文N. Naganawa et al. , Eur. Phys. J. C (2018) 78:959, DOI:10.1140/epjc/s10052-018-6395-7)
超高分解能高速中性子検出器
我々は高速中性子の方向やエネルギーを精密に測定できる原子核乾板を使った中性子検出器を開発しています。
検出原理
中性子は電荷を持たないため、直接検出することはできませんが、高速中性子(数百keV~数十MeV)は原子核との散乱を用いて検出することができます。
高速中性子が原子核の一つである陽子と反応するとき、ビリヤードの球が互いに衝突するように反応(弾性散乱)します。正面衝突すれば、運動量保存則からほぼすべての運動エネルギーを陽子に渡します。陽子は電荷を持っているため、はじき出された反跳陽子の飛跡(進路の跡)を検出することができ、この情報から中性子の飛跡を推定できます。反跳陽子の飛跡を統計処理することで、中性子のエネルギーや角度の再構成が可能です。
特徴
高速中性子による反跳陽子の飛跡は固体中で数~数百ミクロンと非常に短く、その検出は極めて困難です。原子核乾板は1ミクロンという非常に高い空間分解能をもっており、このように短い反跳陽子の飛跡の長さ、角度を十分な精度で測定することができます。
原子核乾板には原理的に時間分解能がなく、リアルタイム性はないものの、電源が不要であり、適切な温度下であれば設置場所を選びません。また、測定のバックグラウンドとなるガンマ線との識別能力を向上させる改良が進められています。(大面積化も可能です。)
使用例
・核融合実験
次世代のエネルギー源として期待され、現在その技術開発が行われている核融合発電炉では次のような核融合反応を利用します。
D+D→3He+n(2.5MeV)
D+T→4He+n(14MeV)
この反応により発生する中性子の空間分布や発生量、エネルギー分布を知ることで、核融合反応の情報を直接的に得ることができます。このとき、中性子が周囲の物質と相互作用することで、バックグラウンドとなるガンマ線が大量に発生します。原子核乾板の感度をコントロールすることで、このような大量のガンマ線環境下でも機能するような改良を行っており、核融合プラズマ計測で用いられる高速中性子検出器として有望視されています。
・暗黒物質探索実験
暗黒物質探索実験では、暗黒物質と似た反応をする中性子がバックグラウンド(背景事象)となります。実験を行う地下環境で中性子測定を行うことは、実験場に存在するバックグラウンドを理解するために不可欠です。しかし、地下環境の中性子フラックスは極めて低く、精密測定のためには大質量の検出器を設置する必要があります。原子核乾板は大量生産しそれを解析することが比較的容易な検出器であり、地下中性子測定に向いています。