GRAINE(Gamma-Ray Astro-Imager with Nuclear Emulsion)は、原子核乾板を用いた優れた角度分解能を持つ望遠鏡を気球に搭載し、宇宙ガンマ線の精密観測を行う実験計画です。
宇宙ガンマ線観測の現状と課題
現代の天体観測は可視光域に留まらず、電波、赤外線、X線、ガンマ線等の幅広い波長域の電磁波を用いて行われています。ガンマ線はその中で最も短波長(=高エネルギー)の電磁波で、遠い宇宙で起きた非常に高エネルギーな天体現象を理解するうえで重要な観測対象となります。(ガンマ線を放出する高エネルギー天体にはブラックホール、超新星残骸、パルサー、活動銀河核、ガンマ線バースト などがあります)
宇宙ガンマ線観測が重要な一方で、その測定手法の技術的な難しさから他波長に比べて発展途上な部分が数多く残されています。例えば同じ天体を可視光とガンマ線で観測した結果を比較したものが図1です。可視光の観測では天体の空間構造が非常に細かく見えているのに対して、ガンマ線の観測では分解能が圧倒的に不足しており天体の精密な撮像ができていないことがわかります。
図1: 可視光とガンマ線で見た「かに星雲」
質量の大きな恒星は進化の過程で最後に大規模な爆発現象を引き起こすことがあり、この爆発を「超新星爆発」、その後に残された天体が「超新星残骸」と呼ばれます。かに星雲は牡牛座にある超新星残骸で、電波からガンマ線まで、幅広い波長の電磁波を放射しています。
原子核乾板×気球 GRAINE計画
私たちの研究グループでは、加速器を用いたニュートリノ研究などで活躍してきた「原子核乾板」と呼ばれる非常に分解能の高い検出器を宇宙ガンマ線観測に応用することで、天体の精密観測を実現することを考えました。これにより、ガンマ線天体を世界最高解像度で観測することが可能となります。(最新の観測データと比べて約100倍の改善が見込まれます)
宇宙から来るガンマ線のほとんどは地球の大気で吸収されてしまうため、地上で直接観測することはできません。そこで私たちは原子核乾板から構成されたガンマ線望遠鏡を「科学観測用大気球」に載せることで、大気が非常に希薄な高度35km以上の上空で宇宙ガンマ線の観測を行います。この実験をGRAINEと名付け、これまでにJAXAと協力して日本で1回(2011年)、オーストラリアで2回(2015、2018年)の気球実験を行ってきました。
GRAINE2018 豪州気球実験
2018年実験では、実際に私たちの望遠鏡でガンマ線天体を観測し、世界最高解像度での結像性能を実証することを目的に実施しました。
図2: 最終組み上げの様子・ガンマ線望遠鏡を搭載したゴンドラ(右下)
およそ1年かけて自分たちの手で望遠鏡の製作・性能試験を行い、最後はオーストラリア現地に2ヶ月ほど滞在して最終組み上げを完了しました。
図3: 最終組み上げメンバー
F研だけでなく神戸大学などとも協力して実験を行なっており、大学院生が中心となって実験を推し進めています。(当時、スタッフ:3名, M2:4名, M1:2名)
図4: 気球打ち上げの様子
長さ~100mにもなる大気球の先に私たちのガンマ線望遠鏡が繋がっています。
無事にフライトは成功し、実験に使用した原子核乾板を日本に持ち帰りF研で開発した読み取り装置を駆使してデータの解析を1年半ほどかけて進めていきました。その結果、目標としていたガンマ線天体を世界最高解像度で検出することに成功しました。
2018年実験によって私たちの望遠鏡が優れた性能を有していることが実証され、これを受けて2022年に世界最大口径の望遠鏡(2018年のおよそ10倍)による大規模科学観測の実施が決定しました。現在はこの実験に向けて検出器のアップグレードを進めており、着々と準備が進められています。
2022年以降もさらなる検出器の大型化、飛翔時間の長時間化を計画しています。このような世界最高解像度、世界最大口径による観測を実現することで、天体が密集している銀河中心領域の高解像度撮像や、高エネルギー帯で世界初となるガンマ線偏光観測の実現など、宇宙ガンマ線観測の未開拓領域を切り開いていくことが期待されます。
2020年11月更新