宇宙線ミューオンラジオグラフィ

宇宙線ミューオンラジオグラフィとは?
医療現場から産業分野まで幅広く用いられているX線撮影技術は、非破壊で物質内部をイメージングする技術ですが、厚さ数cmの鉄を通して内部を見る事は出来ません。宇宙線ラジオグラフィは、宇宙線中に含まれX線よりも格段に高い透過力を持つ素粒子“ミューオン(ミュオン、ミュー粒子、muon)”を用いる事でX線では見る事が出来ない火山やピラミッド、原子炉などの“厚い”対象物の内部を非破壊でイメージングする技術です。

宇宙線ミューオンラジオグラフィの原理
宇宙空間には超新星爆発などにより加速された陽子やヘリウムなどの原子核(一次宇宙線)が飛び交っており、それが地球大気上層部の原子核(窒素や酸素など)と衝突することで二次的に素粒子・原子核(二次宇宙線)が発生します。このように発生した宇宙線の中にはミューオンが含まれており、1分間に1平方センチあたり1本程度の割合でつねに地上へと降り注いでいます。このような自然現象により発生する宇宙線ミューオンは幅広いエネルギーの分布を持ち、その中でも高いエネルギーを持つミューオンは岩盤1kmでも貫通する事ができます。

この宇宙線ミューオンを検出する装置(ミューオン検出器)を観測対象の周囲に設置して、観測対象を通過して検出器に到達するミューオンの方向と数を測定します。得られたミューオンの検出数の濃淡を画像化することで、X線写真と同様に宇宙線ミューオンによるレントゲン写真をとることができます。(下図)

原子核乾板技術
私たちは、この宇宙線ミューオンラジオグラフィに用いる検出器として、あらゆる素粒子の軌跡を立体的に記録する特殊な写真フィルムである原子核乾板(エマルションフィルム、Nuclear Emulsion, Emulsion Film)の技術開発と様々な対象物の観測を通した宇宙線ラジオグラフィ技術の実用化を進めています。

原子核乾板の構造は、下図に示すように、厚さ数十ミクロン(1ミクロン=1000分の1ミリ)のゼラチン膜中に直径約0.2ミクロンの臭化銀結晶を一様に分散したものです。ミューオンなどの宇宙線が臭化銀結晶を通過すると、その痕跡が結晶に保持されます。痕跡を保持している結晶は、写真フィルムと同じように化学現像処理を行う事で1ミクロン程度の大きさの銀粒子として原子核乾板中に残ります。このようにして、原子核乾板を通過した宇宙線の軌跡は、銀粒子の立体的な並び(飛跡)として記録されます。この1ミクロン程度の銀粒子による飛跡は光学顕微鏡を用いて観察する事が必要ですが、我々は、飛跡を高速に読み出してデジタルデータ化する超高速自動読み取り装置を開発、運用する事で原子核乾板の実用化に成功しました。

原子核乾板の特徴は、その極めて高い空間分解能(位置の精度は1ミクロン、角度の精度は1mrad程度)、つまりイメージングにおける解像力が挙げられます。さらに、写真フィルムであるために、1.電源不要、2.薄型・軽量・コンパクト、3.小型化・大面積化が容易、4.電源がないような屋外での観測や狭い空間内への検出器の設置、5.長期観測などが可能です。このような特徴は、様々な現場で用いられる宇宙線ラジオグラフィの検出器としては非常に適していると言えます。

多分野への応用
私達は、原子核乾板を用いた宇宙線ミューオンラジオグラフィを様々な対象へと適用し技術開発を進めています。これまでに、火山観測(昭和新山、浅間山)、福島第一原子力発電所の原子炉内部の状況調査、エジプトのピラミッドの内部調査などを様々な研究機関や企業などと共同で進めています。また、従来のレーダー探査などでは検知出来ないような地下空洞の調査やダム・盛土などの大型建造物内部の密度測定などの新しい社会インフラ点検技術への応用も検討しています。

資料
福島第一原子力発電所2号機及び5号機の原子炉内部調査:名古屋大学プレスリリース
エジプトのピラミッド調査:スキャンピラミッドへのリンク

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